杜子春

Source text: 青空文庫 Pitch accent analysis: akusento parser
Legend
Atamadaka
Heiban
Nakadaka
Odaka
Kifuku
Accent drop
Devoiced
Rules applied
* Patterns are assigned based on the lexical pitch accent.
Rendered chapter

その声こえに気きがついて見みると、杜と子春ししゅんはやはり夕日ゆうひを浴あびて、洛陽らくようの西にしの門もんの下したに、ぼんやり佇たたずんでいるのでした。霞かすんだ空そら、白しろい三日月みかづき、絶たえ間まない人ひとや車くるまの波なみ、――すべてがまだ峨眉山がびさんへ、行いかない前まえと同おなじことです。

「どうだな。おれの弟子でしになったところが、とても仙人せんにんにはなれはすまい」

片目かため眇すがめの老人ろうじんは微笑びしょうを含ふくみながら言いいました。

「なれません。なれませんが、しかし私わたしはなれなかったことも、反かえって嬉うれしい気きがするのです」

杜と子春ししゅんはまだ眼めに涙なみだを浮うかべたまま、思おもわず老人ろうじんの手てを握にぎりました。

「いくら仙人せんにんになれたところが、私わたしはあの地獄じごくの森羅しんら殿でんの前まえに、鞭むちを受うけている父母ちちははを見みては、黙だまっている訳わけには行いきません」

「もしお前まえが黙だまっていたら――」と鉄冠子てっかんしは急きゅうに厳おごそかな顔かおになって、じっと杜と子春ししゅんを見みつめました。

「もしお前まえが黙だまっていたら、おれは即座そくざにお前まえの命いのちを絶たってしまおうと思おもっていたのだ。――お前まえはもう仙人せんにんになりたいという望のぞみも持もっていまい。大金持おおがねもちになることは、元もとより愛想あいそがつきた筈はずだ。ではお前まえはこれから後あと、何なにになったら好いいと思おもうな」

「何なにになっても、人間にんげんらしい、正直しょうじきな暮くらしをするつもりです」

杜と子春ししゅんの声こえには今いままでにない晴はれ晴ばれした調子ちょうしが罩こもっていました。

「その言葉ことばを忘わすれるなよ。ではおれは今日きょう限かぎり、二に度どとお前まえには遇あわないから」

鉄冠子てっかんしはこう言いう内うちに、もう歩あるき出だしていましたが、急きゅうに又また足あしを止とめて、杜と子春ししゅんの方ほうを振ふり返かえると、

「おお、幸さいわい、今いま思おもい出だしたが、おれは泰山たいざんの南みなみの麓ふもとに一軒いっけんの家いえを持もっている。その家いえを畑はたけごとお前まえにやるから、早速さっそく行いって住すまうが好いい。今頃いまごろは丁度ちょうど家いえのまわりに、桃ももの花はなが一面いちめんに咲さいているだろう」と、さも愉快ゆかいそうにつけ加くわえました。