坊っちゃん

Pitch accent notes

  • The parser’s 清 = きよ [1] reading still recurs 9 times, but chapter 2 shifts toward school and lodging vocabulary: 校長 appears 9 times as Heiban こうちょう [0], 山嵐 8 times as やまあらし [3], and 下女 8 times as げじょ [1].
  • 赤シャツ appears 3 times as a Heiban compound あかしゃつ [0]; the parser treats 赤 + シャツ as a flat compound rather than preserving 赤 as a standalone accent shape.
  • 江戸っ子 appears 2 times as Heiban えどっこ [0], marked as an exception to the usual 〜っ子 suffix pattern. 控所 also appears 3 times as ひかえじょ [4], with a note that 控 alone may be Nakadaka [2].
Source text: 青空文庫 Pitch accent analysis: akusento parser
Legend
Atamadaka
Heiban
Nakadaka
Odaka
Kifuku
Accent drop
Devoiced
Rules applied
* Patterns are assigned based on the lexical pitch accent.
Rendered chapter

ぶうと云いって汽船きせんがとまると、艀はしけが岸きしを離はなれて、漕こぎ寄よせて来きた。船頭せんどうは真まっ裸ぱだかに赤あかふんどしをしめている。野蛮やばんな所ところだ。もっともこの熱あつさでは着物きものはきられまい。日ひが強つよいので水みずがやに光ひかる。見みつめていても眼めがくらむ。事務じむ員いんに聞きいてみるとおれはここへ降おりるのだそうだ。見みるところでは大森おおもりぐらいな漁村ぎょそんだ。人ひとを馬鹿ばかにしていらあ、こんな所ところに我慢がまんが出来できるものかと思おもったが仕方しかたがない。威勢いせいよく一いち番ばんに飛とび込こんだ。続つづいて5ごじゅう6人ろくにんは乗のったろう。外そとに大おおきな箱はこを四よっつばかり積つみ込こんで赤あかふんは岸きしへ漕こぎ戻もどして来きた。陸おかへ着ついた時ときも、いの一いち番ばんに飛とび上あがって、いきなり、磯いそに立たっていた鼻はなたれ小僧こぞうをつらまえて中学校ちゅうがっこうはどこだと聞きいた。小僧こぞうはぼんやりして、知しらんがの、と云いった。気きの利きかぬ田舎いなかものだ。猫ねこの額ひたいほどな町内ちょうないの癖くせに、中学校ちゅうがっこうのありかも知しらぬ奴やつがあるものか。ところへ妙みょうな筒つつっぽうを着きた男おとこがきて、こっちへ来こいと云いうから、尾ついて行いったら、港みなと屋やとか云いう宿屋やどやへ連つれて来きた。やな女おんなが声こえを揃そろえてお上あがりなさいと云いうので、上あがるのがいやになった。門口かどぐちへ立たったなり中学校ちゅうがっこうを教おしえろと云いったら、中学校ちゅうがっこうはこれから汽車きしゃで二に里りばかり行いかなくっちゃいけないと聞きいて、なお上あがるのがいやになった。おれは、筒つつっぽうを着きた男おとこから、おれの革鞄かばんを二ふたつ引ひきたくって、のそのそあるき出だした。宿屋やどやのものは変へんな顔かおをしていた。

停車ていしゃ場ばはすぐ知しれた。切符きっぷも訳わけなく買かった。乗のり込こんでみるとマッチ箱はこのような汽車きしゃだ。ごろごろと五ご分ふんばかり動うごいたと思おもったら、もう降おりなければならない。道理どうりで切符きっぷが安やすいと思おもった。たった三さん銭せんである。それから車くるまを傭やとって、中学校ちゅうがっこうへ来きたら、もう放課ほうか後ごで誰だれも居いない。宿直しゅくちょくはちょっと用達ようたしに出でたと小使こづかいが教おしえた。随分ずいぶん気楽きらくな宿直しゅくちょくがいるものだ。校長こうちょうでも尋たずねようかと思おもったが、草臥くたびれたから、車くるまに乗のって宿屋やどやへ連つれて行いけと車夫しゃふに云いい付つけた。車夫しゃふは威勢いせいよく山城やましろ屋やと云いううちへ横付よこづけにした。山城やましろ屋やとは質屋しちやの勘太郎かんたろうの屋号やごうと同おなじだからちょっと面白おもしろく思おもった。

何なんだか二に階かいの楷子段はしごだんの下したの暗くらい部屋へやへ案内あんないした。熱ねつくって居いられやしない。こんな部屋へやはいやだと云いったらあいにくみんな塞ふさがっておりますからと云いいながら革鞄かわかばんを抛ほうり出だしたまま出でて行いった。仕方しかたがないから部屋へやの中なかへはいって汗あせをかいて我慢がまんしていた。やがて湯ゆに入いれと云いうから、ざぶりと飛とび込こんで、すぐ上あがった。帰かえりがけに覗のぞいてみると涼すずしそうな部屋へやがたくさん空あいている。失敬しっけいな奴やつだ。嘘うそをつきゃあがった。それから下女げじょが膳ぜんを持もって来きた。部屋へやは熱ねつつかったが、飯めしは下宿げしゅくのよりも大分だいぶ旨うまかった。給仕きゅうじをしながら下女げじょがどちらからおいでになりましたと聞きくから、東京とうきょうから来きたと答こたえた。すると東京とうきょうはよい所ところでございましょうと云いったから当あたり前まえだと答こたえてやった。膳ぜんを下さげた下女げじょが台所だいどころへいった時分じぶん、大おおきな笑わらい声ごえが聞きこえた。くだらないから、すぐ寝ねたが、なかなか寝ねられない。熱あついばかりではない。騒々そうぞうしい。下宿げしゅくの五ご倍ばいぐらいやかましい。うとうとしたら清きよの夢ゆめを見みた。清きよが越後えちごの笹飴ささあめを笹ささぐるみ、むしゃむしゃ食くっている。笹ささは毒どくだからよしたらよかろうと云いうと、いえこの笹ささがお薬くすりでございますと云いって旨うまそうに食くっている。おれがあきれ返かえって大おおきな口くちを開ひらいてハハハハと笑わらったら眼めが覚さめた。下女げじょが雨戸あまどを明あけている。相変あいかわらず空そらの底そこが突つき抜ぬけたような天気てんきだ。

道中どうちゅうをしたら茶代ちゃだいをやるものだと聞きいていた。茶代ちゃだいをやらないと粗末そまつに取とり扱あつかわれると聞きいていた。こんな、狭せまくて暗くらい部屋へやへ押おし込こめるのも茶代ちゃだいをやらないせいだろう。見みすぼらしい服装なりをして、ズックの革鞄かわかばんと毛繻子けじゅすの蝙蝠傘こうもりがさを提さげてるからだろう。田舎者いなかものの癖くせに人ひとを見括みくびったな。一番いちばん茶代ちゃだいをやって驚おどろかしてやろう。おれはこれでも学資がくしのあまりを30さんじゅう円えんほど懐ふところに入いれて東京とうきょうを出でて来きたのだ。汽車きしゃと汽船きせんの切符きっぷ代だいと雑費ざっぴを差さし引ひいて、まだ1じゅう4よ円えんほどある。みんなやったってこれからは月給げっきゅうを貰もらうんだから構かまわない。田舎者いなかものはしみったれだから五ご円えんもやれば驚おどろいて眼めを廻まわすに極きまっている。どうするか見みろと済すまして顔かおを洗あらって、部屋へやへ帰かえって待まってると、夕ゆうべの下女げじょが膳ぜんを持もって来きた。盆ぼんを持もって給仕きゅうじをしながら、やににやにや笑わらってる。失敬しっけいな奴やつだ。顔かおのなかをお祭まつりでも通とおりゃしまいし。これでもこの下女げじょの面つらよりよっぽど上等じょうとうだ。飯めしを済すましてからにしようと思おもっていたが、癪しゃくに障さわったから、中途ちゅうとで五ご円えん札さつを一いち枚まい出だして、あとでこれを帳場ちょうばへ持もって行いけと云いったら、下女げじょは変へんな顔かおをしていた。それから飯めしを済すましてすぐ学校がっこうへ出懸でかけた。靴くつは磨みがいてなかった。

学校がっこうは昨日きのう車くるまで乗のりつけたから、大概たいがいの見当けんとうは分わかっている。四よつ角かどを23度にさんど曲まがったらすぐ門もんの前まえへ出でた。門もんから玄関げんかんまでは御影みかげ石いしで敷しきつめてある。きのうこの敷石しきいしの上うえを車くるまでがらがらと通とおった時ときは、無暗むやみに仰山ぎょうさんな音おとがするので少すこし弱よわった。途中とちゅうから小倉こくらの制服せいふくを着きた生徒せいとにたくさん逢あったが、みんなこの門もんをはいって行いく。中なかにはおれより背せが高たかくって強つよそうなのが居いる。あんな奴やつを教おしえるのかと思おもったら何なんだか気味きみが悪わるくなった。名刺めいしを出だしたら校長こうちょう室しつへ通とおした。校長こうちょうは薄うす髯ひげのある、色いろの黒くろい、目めの大おおきな狸たぬきのような男おとこである。やにもったいぶっていた。まあ精せい出だして勉強べんきょうしてくれと云いって、恭うやうやしく大おおきな印しるしの捺った、辞令じれいを渡わたした。この辞令じれいは東京とうきょうへ帰かえるとき丸まるめて海うみの中なかへ抛ほうり込こんでしまった。校長こうちょうは今いまに職員しょくいんに紹介しょうかいしてやるから、一々いちいちその人ひとにこの辞令じれいを見みせるんだと云いって聞きかした。余計よけいな手数てかずだ。そんな面倒めんどうな事ことをするよりこの辞令じれいを三日間みっかかん職員しょくいん室しつへ張はり付つける方ほうがましだ。

教員きょういんが控ひかえ所じょへ揃そろうには一いち時間じかん目めの喇叭らっぱが鳴ならなくてはならぬ。大分だいぶ時間じかんがある。校長こうちょうは時計とけいを出だして見みて、追々おいおいゆるりと話はなすつもりだが、まず大体だいたいの事ことを呑のみ込こんでおいてもらおうと云いって、それから教育きょういくの精神せいしんについて長ながいお談義だんぎを聞きかした。おれは無論むろんいい加減かげんに聞きいていたが、途中とちゅうからこれは飛とんだ所ところへ来きたと思おもった。校長こうちょうの云いうようにはとても出来できない。おれみたような無鉄砲むてっぽうなものをつらまえて、生徒せいとの模範もはんになれの、一校いっこうの師表しひょうと仰あおがれなくてはいかんの、学問がくもん以外いがいに個人こじんの徳化とっかを及およぼさなくては教育きょういく者しゃになれないの、と無暗むやみに法外ほうがいな注文ちゅうもんをする。そんなえらい人ひとが月給げっきゅう40よんじゅう円えんで遥々はるばるこんな田舎いなかへくるもんか。人間にんげんは大概たいがい似にたもんだ。腹はらが立たてば喧嘩けんかの一ひとつぐらいは誰だれでもするだろうと思おもってたが、この様子ようすじゃめったに口くちも聞きけない、散歩さんぽも出来できない。そんなむずかしい役やくなら雇やとう前まえにこれこれだと話はなすがいい。おれは嘘うそをつくのが嫌きらいだから、仕方しかたがない、だまされて来きたのだとあきらめて、思おもい切きりよく、ここで断ことわって帰かえっちまおうと思おもった。宿屋やどやへ五ご円えんやったから財布さいふの中なかには九きゅう円えんなにがししかない。九きゅう円えんじゃ東京とうきょうまでは帰かえれない。茶代ちゃだいなんかやらなければよかった。惜おしい事ことをした。しかし九きゅう円えんだって、どうかならない事ことはない。旅費りょひは足たりなくっても嘘うそをつくよりましだと思おもって、到底とうていあなたのおっしゃる通とおりにゃ、出来できません、この辞令じれいは返かえしますと云いったら、校長こうちょうは狸たぬきのような眼めをぱちつかせておれの顔かおを見みていた。やがて、今いまのはただ希望きぼうである、あなたが希望きぼう通どおり出来できないのはよく知しっているから心配しんぱいしなくってもいいと云いいながら笑わらった。そのくらいよく知しってるなら、始はじめから威嚇おどささなければいいのに。

そう、こうする内うちに喇叭らっぱが鳴なった。教場きょうじょうの方ほうが急きゅうにがやがやする。もう教員きょういんも控ひかえ所じょへ揃そろいましたろうと云いうから、校長こうちょうに尾おいて教員きょういん控ひかえ所じょへはいった。広ひろい細長ほそながい部屋へやの周囲しゅういに机つくえを並ならべてみんな腰こしをかけている。おれがはいったのを見みて、みんな申もうし合あわせたようにおれの顔かおを見みた。見世物みせものじゃあるまいし。それから申もうし付つけられた通とおり一人一人ひとりびとりの前まえへ行いって辞令じれいを出だして挨拶あいさつをした。大概たいがいは椅子いすを離はなれて腰こしをかがめるばかりであったが、念ねんの入いったのは差さし出だした辞令じれいを受うけ取とって一応いちおう拝見はいけんをしてそれを恭うやうやしく返却へんきゃくした。まるで宮芝居みやしばいの真似まねだ。1じゅう5人ごにん目めに体操たいそうの教師きょうしへと廻まわって来きた時ときには、同おなじ事ことを何返なんべんもやるので少々しょうしょうじれったくなった。向むこうは一いち度どで済すむ。こっちは同おなじ所作しょさを1じゅう5ご返へん繰くり返かえしている。少すこしはひとの了見りょうけんも察さっしてみるがいい。

挨拶あいさつをしたうちに教頭きょうとうのなにがしと云いうのが居いた。これは文学ぶんがく士しだそうだ。文学ぶんがく士しと云いえば大学だいがくの卒業そつぎょう生せいだからえらい人ひとなんだろう。妙みょうに女おんなのような優やさしい声こえを出だす人ひとだった。もっとも驚おどろいたのはこの暑あついのにフランネルの襯衣しゃつを着きている。いくらか薄うすい地ちには相違そういなくっても暑あついには極きまってる。文学ぶんがく士しだけにご苦労くろう千万せんばんな服装なりをしたもんだ。しかもそれが赤あかシャツだから人ひとを馬鹿ばかにしている。あとから聞きいたらこの男おとこは年ねんが年中ねんじゅう赤あかシャツを着きるんだそうだ。妙みょうな病気びょうきがあった者ものだ。当人とうにんの説明せつめいでは赤あかは身体からだに薬くすりになるから、衛生えいせいのためにわざわざ誂あつらえるんだそうだが、入いらざる心配しんぱいだ。そんならついでに着物きものも袴はかまも赤あかにすればいい。それから英語えいごの教師きょうしに古賀こがとか云いう大変たいへん顔色かおいろの悪わるい男おとこが居いた。大概たいがい顔かおの蒼あおい人ひとは瘠やせてるもんだがこの男おとこは蒼あおくふくれている。昔むかし小しょう学校がっこうへ行いく時分じぶん、浅井あさいの民たみさんと云いう子こが同級どうきゅう生せいにあったが、この浅井あさいのおやじがやはり、こんな色いろつやだった。浅井あさいは百姓ひゃくしょうだから、百姓ひゃくしょうになるとあんな顔かおになるかと清きよに聞きいてみたら、そうじゃありません、あの人ひとはうらなりの唐茄子とうなすばかり食たべるから、蒼あおくふくれるんですと教おしえてくれた。それ以来いらい蒼あおくふくれた人ひとを見みれば必かならずうらなりの唐茄子とうなすを食くった酬むくいだと思おもう。この英語えいごの教師きょうしもうらなりばかり食くってるに違ちがいない。もっともうらなりとは何なんの事ことか今いまもって知しらない。清きよに聞きいてみた事ことはあるが、清きよは笑わらって答こたえなかった。大方おおがた清きよも知しらないんだろう。それからおれと同おなじ数学すうがくの教師きょうしに堀田ほったというのが居いた。これは逞たくましい毬栗いがぐり坊主ぼうずで、叡山えいざんの悪僧あくそうと云いうべき面構つらがまえである。人ひとが叮寧ていねいに辞令じれいを見みせたら見向みむきもせず、やあ君きみが新任しんにんの人ひとか、ちと遊あそびに来き給たまえアハハハと云いった。何なにがアハハハだ。そんな礼儀れいぎを心得こころえぬ奴やつの所ところへ誰だれが遊あそびに行いくものか。おれはこの時ときからこの坊主ぼうずに山嵐やまあらしという渾名あだなをつけてやった。漢学かんがくの先生せんせいはさすがに堅かたいものだ。昨日きのうお着つきで、さぞお疲つかれで、それでもう授業じゅぎょうをお始はじめで、大分だいぶご励精れいせいで、――とのべつに弁べんじたのは愛嬌あいきょうのあるお爺じいさんだ。画が学がくの教師きょうしは全まったく芸人げいにん風ふうだ。べらべらした透綾すきやの羽織はおりを着きて、扇子せんすをぱちつかせて、お国くにはどちらでげす、え?東京とうきょう?そりゃ嬉うれしい、お仲間なかまが出来できて……私わたしもこれで江戸えどっ子こですと云いった。こんなのが江戸えどっ子こなら江戸えどには生うまれたくないもんだと心中しんちゅうに考かんがえた。そのほか一人一人ひとりひとりについてこんな事ことを書かけばいくらでもある。しかし際限さいげんがないからやめる。

挨拶あいさつが一通ひととおり済すんだら、校長こうちょうが今日きょうはもう引ひき取とってもいい、もっとも授業じゅぎょう上じょうの事ことは数学すうがくの主任しゅにんと打うち合あわせをしておいて、明後日あさってから課業かぎょうを始はじめてくれと云いった。数学すうがくの主任しゅにんは誰だれかと聞きいてみたら例れいの山嵐やまあらしであった。忌々いまいましい、こいつの下したに働はたらくのかおやおやと失望しつぼうした。山嵐やまあらしは「おい君きみどこに宿とまってるか、山城やましろ屋やか、うん、今いまに行いって相談そうだんする」と云いい残のこして白墨はくぼくを持もって教場きょうじょうへ出でて行いった。主任しゅにんの癖くせに向むこうから来きて相談そうだんするなんて不ふ見識けんしきな男おとこだ。しかし呼よび付つけるよりは感心かんしんだ。

それから学校がっこうの門もんを出でて、すぐ宿やどへ帰かえろうと思おもったが、帰かえったって仕方しかたがないから、少すこし町まちを散歩さんぽしてやろうと思おもって、無暗むやみに足あしの向むく方ほうをあるき散ちらした。県庁けんちょうも見みた。古ふるい前世紀ぜんせいきの建築けんちくである。兵営へいえいも見みた。麻布あざぶの聯隊れんたいより立派りっぱでない。大通おおどおりも見みた。神楽坂かぐらざかを半分はんぶんに狭せまくしたぐらいな道幅みちはばで町並まちなみはあれより落おちる。二十にじゅう五万石ごまんごくの城下じょうかだって高たかの知しれたものだ。こんな所ところに住すんでご城下じょうかだなどと威張いばってる人間にんげんは可哀想かわいそうなものだと考かんがえながらくると、いつしか山城やましろ屋やの前まえに出でた。広ひろいようでも狭せまいものだ。これで大抵たいていは見み尽つくしたのだろう。帰かえって飯めしでも食くおうと門口かどぐちをはいった。帳場ちょうばに坐すわっていたかみさんが、おれの顔かおを見みると急きゅうに飛とび出だしてきてお帰かえり……と板いたの間まへ頭あたまをつけた。靴くつを脱ぬいで上あがると、お座敷ざしきがあきましたからと下女げじょが二に階かいへ案内あんないをした。1じゅう5ご畳じょうの表おもて二に階かいで大おおきな床とこの間まがついている。おれは生うまれてからまだこんな立派りっぱな座敷ざしきへはいった事ことはない。この後あといつはいれるか分わからないから、洋服ようふくを脱ぬいで浴衣ゆかた一いち枚まいになって座敷ざしきの真中まんなかへ大だいの字じに寝ねてみた。いい心持こころもちである。

昼飯ひるめしを食くってから早速さっそく清きよへ手紙てがみをかいてやった。おれは文章ぶんしょうがまずい上うえに字じを知しらないから手紙てがみを書かくのが大嫌だいきらいだ。またやる所ところもない。しかし清きよは心配しんぱいしているだろう。難船なんせんして死しにやしないかなどと思おもっちゃ困こまるから、奮発ふんぱつして長ながいのを書かいてやった。その文句もんくはこうである。

「きのう着ついた。つまらん所ところだ。1じゅう5ご畳じょうの座敷ざしきに寝ねている。宿屋やどやへ茶代ちゃだいを五ご円えんやった。かみさんが頭あたまを板いたの間まへすりつけた。夕ゆうべは寝ねられなかった。清きよが笹飴ささあめを笹ささごと食くう夢ゆめを見みた。来年らいねんの夏なつは帰かえる。今日きょう学校がっこうへ行いってみんなにあだなをつけてやった。校長こうちょうは狸たぬき、教頭きょうとうは赤あかシャツ、英語えいごの教師きょうしはうらなり、数学すうがくは山嵐やまあらし、画学ががくはのだいこ。今いまにいろいろな事ことを書かいてやる。さようなら」

手紙てがみをかいてしまったら、いい心持こころもちになって眠気ねむけがさしたから、最前さいぜんのように座敷ざしきの真中まんなかへのびのびと大だいの字じに寝ねた。今度こんどは夢ゆめも何なにも見みないでぐっすり寝ねた。この部屋へやかいと大おおきな声こえがするので目めが覚さめたら、山嵐やまあらしがはいって来きた。最前さいぜんは失敬しっけい、君きみの受持うけもちは……と人ひとが起おき上あがるや否いなや談判だんぱんを開ひらかれたので大おおいに狼狽ろうばいした。受持うけもちを聞きいてみると別段べつだんむずかしい事こともなさそうだから承知しょうちした。このくらいの事ことなら、明後日あさっては愚おろか、明日あしたから始はじめろと云いったって驚おどろかない。授業じゅぎょう上じょうの打うち合あわせが済すんだら、君きみはいつまでこんな宿屋やどやに居いるつもりでもあるまい、僕ぼくがいい下宿げしゅくを周旋しゅうせんしてやるから移うつりたまえ。外そとのものでは承知しょうちしないが僕ぼくが話はなせばすぐ出来できる。早はやい方ほうがいいから、今日きょう見みて、あす移うつって、あさってから学校がっこうへ行いけば極きまりがいいと一人ひとりで呑のみ込こんでいる。なるほど1じゅう5ご畳敷じょうじきにいつまで居いる訳わけにも行いくまい。月給げっきゅうをみんな宿料しゅくりょうに払はらっても追おっつかないかもしれぬ。五ご円えんの茶代ちゃだいを奮発ふんぱつしてすぐ移うつるのはちと残念ざんねんだが、どうせ移うつる者ものなら、早はやく引ひき越こして落おち付つく方ほうが便利べんりだから、そこのところはよろしく山嵐やまあらしに頼たのむ事ことにした。すると山嵐やまあらしはともかくもいっしょに来きてみろと云いうから、行いった。町まちはずれの岡おかのの中腹なかはらにある家いえで至極しごく閑静かんせいだ。主人しゅじんは骨董こっとうを売買ばいばいするいか銀ぎんと云いう男おとこで、女房にょうぼうは亭主ていしゅよりも四よっつばかり年嵩としかさの女おんなだ。中学校ちゅうがっこうに居いた時ときウィッチと云いう言葉ことばを習ならった事ことがあるがこの女房にょうぼうはまさにウィッチに似にている。ウィッチだって人ひとの女房にょうぼうだから構かまわない。とうとう明日あしたから引ひき移うつる事ことにした。帰かえりに山嵐やまあらしは通町とおりちょうで氷水こおりみずを一杯いっぱい奢おごった。学校がっこうで逢あった時ときはやに横風おうふうな失敬しっけいな奴やつだと思おもったが、こんなにいろいろ世話せわをしてくれるところを見みると、わるい男おとこでもなさそうだ。ただおれと同おなじようにせっかちで肝癪持かんしゃくもちらしい。あとで聞きいたらこの男おとこが一番いちばん生徒せいとに人望じんぼうがあるのだそうだ。