坊っちゃん

Pitch accent notes

  • 教場 appears 9 times as Heiban きょうじょう [0], but the parser flags Nakadaka [3] as an alternative. That makes it a useful school-register word to inspect in this chapter.
  • 毎日 appears 8 times as まいにち [1], with Heiban [0] flagged as another common pronunciation. The repetition makes the variation much more visible than in isolated dictionary lookup.
  • The 天麩羅 episode creates useful compound contrasts: 天麩羅 itself appears 8 times as てんぷら [0], while 天麩羅事件 and 天麩羅蕎麦 both shift to a drop on the first mora of the suffix, rendered as [5].
Source text: 青空文庫 Pitch accent analysis: akusento parser
Legend
Atamadaka
Heiban
Nakadaka
Odaka
Kifuku
Accent drop
Devoiced
Rules applied
* Patterns are assigned based on the lexical pitch accent.
Rendered chapter

いよいよ学校がっこうへ出でた。初はじめて教場きょうじょうへはいって高たかい所ところへ乗のった時ときは、何なんだか変へんだった。講釈こうしゃくをしながら、おれでも先生せんせいが勤つとまるのかと思おもった。生徒せいとはやかましい。時々ときどき図抜ずぬけた大おおきな声こえで先生せんせいと云いう。先生せんせいには応こたえた。今いままで物理ぶつり学校がっこうで毎日まいにち先生せんせい先生せんせいと呼よびつけていたが、先生せんせいと呼よぶのと、呼よばれるのは雲泥うんでいの差さだ。何なんだか足あしの裏うらがむずむずする。おれは卑怯ひきょうな人間にんげんではない。臆病おくびょうな男おとこでもないが、惜おしい事ことに胆力たんりょくが欠かけている。先生せんせいと大おおきな声こえをされると、腹はらの減へった時ときに丸まるの内うちで午砲どんを聞きいたような気きがする。最初さいしょの一いち時間じかんは何なんだかいい加減かげんにやってしまった。しかし別段べつだん困こまった質問しつもんも掛かけられずに済すんだ。控ひかえ所じょへ帰かえって来きたら、山嵐やまあらしがどうだいと聞きいた。うんと単簡たんかんに返事へんじをしたら山嵐やまあらしは安心あんしんしたらしかった。

二に時間じかん目めに白墨はくぼくを持もって控ひかえ所じょを出でた時ときには何なんだか敵地てきちへ乗のり込こむような気きがした。教場きょうじょうへ出でると今度こんどの組くみは前まえより大おおきな奴やつばかりである。おれは江戸えどっ子こで華奢きゃしゃに小作こづくりに出来できているから、どうも高たかい所ところへ上あがっても押おしが利きかない。喧嘩けんかなら相撲取すもうとりとでもやってみせるが、こんな大僧おおぞうを40よんじゅう人にんも前まえへ並ならべて、ただ一いち枚まいの舌したをたたいて恐縮きょうしゅくさせる手際てぎわはない。しかしこんな田舎者いなかものに弱身よわみを見みせると癖くせになると思おもったから、なるべく大おおきな声こえをして、少々しょうしょう巻まき舌じたで講釈こうしゃくしてやった。最初さいしょのうちは、生徒せいとも烟けむに捲まかれてぼんやりしていたから、それ見みろとますます得意とくいになって、べらんめい調ちょうを用もちいてたら、一番いちばん前まえの列れつの真中まんなかに居いた、一番いちばん強つよそうな奴やつが、いきなり起立きりつして先生せんせいと云いう。そら来きたと思おもいながら、何なんだと聞きいたら、「あまり早はやくて分わからんけれ、もちっと、ゆるゆる遣つかって、おくれんかな、もし」と云いった。おくれんかな、もしは生温なまぬるい言葉ことばだ。早はや過すぎるなら、ゆっくり云いってやるが、おれは江戸えどっ子こだから君きみ等らの言葉ことばは使つかえない、分わからなければ、分わかるまで待まってるがいいと答こたえてやった。この調子ちょうしで二に時間じかん目めは思おもったより、うまく行いった。ただ帰かえりがけに生徒せいとの一人ひとりがちょっとこの問題もんだいを解釈かいしゃくをしておくれんかな、もし、と出来できそうもない幾何きかの問題もんだいを持もって逼せまったには冷汗ひやあせを流ながした。仕方しかたがないから何なんだか分わからない、この次つぎ教おしえてやると急いそいで引ひき揚あげたら、生徒せいとがわあと囃はやした。その中なかに出来できん出来できんと云いう声こえが聞きこえる。箆棒べらぼうめ、先生せんせいだって、出来できないのは当あたり前まえだ。出来できないのを出来できないと云いうのに不思議ふしぎがあるもんか。そんなものが出来できるくらいなら40よんじゅう円えんでこんな田舎いなかへくるもんかと控ひかえ所じょへ帰かえって来きた。今度こんどはどうだとまた山嵐やまあらしが聞きいた。うんと云いったが、うんだけでは気きが済すまなかったから、この学校がっこうの生徒せいとは分わからずやだなと云いってやった。山嵐やまあらしは妙みょうな顔かおをしていた。

三さん時間じかん目めも、四よ時間じかん目めも昼過ひるすぎの一いち時間じかんも大同だいどう小異しょういであった。最初さいしょの日ひに出でた級きゅうは、いずれも少々しょうしょうずつ失敗しっぱいした。教師きょうしははたで見みるほど楽らくじゃないと思おもった。授業じゅぎょうはひと通とおり済すんだが、まだ帰かえれない、三時さんじまでぽつ然ねんとして待まってなくてはならん。三時さんじになると、受持うけもち級きゅうの生徒せいとが自分じぶんの教室きょうしつを掃除そうじして報知しらせにくるから検分けんぶんをするんだそうだ。それから、出席しゅっせき簿ぼを一応いちおう調しらべてようやくお暇いとまが出でる。いくら月給げっきゅうで買かわれた身体からだだって、あいた時間じかんまで学校がっこうへ縛しばりつけて机つくえと睨にらめっくらをさせるなんて法ほうがあるものか。しかしほかの連中れんじゅうはみんな大人おとなしくご規則きそく通どおりやってるから新参しんざんのおればかり、だだを捏こねるのもよろしくないと思おもって我慢がまんしていた。帰かえりがけに、君きみ何なんでもかんでも三時さんじ過すぎまで学校がっこうにいさせるのは愚ぐだぜと山嵐やまあらしに訴うったえたら、山嵐やまあらしはそうさアハハハと笑わらったが、あとから真面目まじめになって、君きみあまり学校がっこうの不平ふへいを云いうと、いかんぜ。云いうなら僕ぼくだけに話はなせ、随分ずいぶん妙みょうな人ひとも居いるからなと忠告ちゅうこくがましい事ことを云いった。四よつ角かどで分わかれたから詳くわしい事ことは聞きくひまがなかった。

それからうちへ帰かえってくると、宿やどの亭主ていしゅがお茶ちゃを入いれましょうと云いってやって来くる。お茶ちゃを入いれると云いうからご馳走ちそうをするのかと思おもうと、おれの茶ちゃを遠慮えんりょなく入いれて自分じぶんが飲のむのだ。この様子ようすでは留守るす中ちゅうも勝手かってにお茶ちゃを入いれましょうを一人ひとりで履行りこうしているかも知しれない。亭主ていしゅが云いうには手前てまえは書画しょが骨董こっとうがすきで、とうとうこんな商買しょうばいを内々ないないで始はじめるようになりました。あなたもお見受みうけ申もうすところ大分だいぶご風流ふうりゅうでいらっしゃるらしい。ちと道楽どうらくにお始はじめなすってはいかがですと、とんでも無ない勧誘かんゆうをやる。二に年ねん前まえある人ひとの使つかいに帝国ていこくホテルへ行いった時ときは錠前じょうまえ直なおしと間違まちがえられた事ことがある。ケットを被かぶって、鎌倉かまくらの大仏だいぶつを見物けんぶつした時ときは車屋くるまやから親方おやかたと云いわれた。その外ほか今日こんにちまで見損みそこなわれた事ことは随分ずいぶんあるが、まだおれをつらまえて大分だいぶご風流ふうりゅうでいらっしゃると云いったものはない。大抵たいていはなりや様子ようすでも分わかる。風流人ふうりゅうじんなんていうものは、画えを見みても、頭巾ずきんを被かぶるか短冊たんざくを持もってるものだ。このおれを風流人ふうりゅうじんだなどと真面目まじめに云いうのはただの曲者くせものじゃない。おれはそんな呑気のんきな隠居いんきょのやるような事ことは嫌きらいだと云いったら、亭主ていしゅはへへへへと笑わらいながら、いえ始はじめから好すきなものは、どなたもございませんが、いったんこの道みちにはいるとなかなか出でられませんと一人ひとりで茶ちゃを注そそいで妙みょうな手付てつきをして飲のんでいる。実じつはゆうべ茶ちゃを買かってくれと頼たのんでおいたのだが、こんな苦にがい濃こい茶ちゃはいやだ。一杯いっぱい飲のむと胃いに答こたえるような気きがする。今度こんどからもっと苦にがくないのを買かってくれと云いったら、かしこまりましたとまた一杯いっぱいしぼって飲のんだ。人ひとの茶ちゃだと思おもって無暗むやみに飲のむ奴やつだ。主人しゅじんが引ひき下さがってから、明日あしたの下読したよみをしてすぐ寝ねてしまった。

それから毎日まいにち毎日まいにち学校がっこうへ出でては規則きそく通どおり働はたらく、毎日まいにち毎日まいにち帰かえって来くると主人しゅじんがお茶ちゃを入いれましょうと出でてくる。一週間いっしゅうかんばかりしたら学校がっこうの様子ようすもひと通とおりは飲のみ込こめたし、宿やどの夫婦ふうふの人物じんぶつも大概たいがいは分わかった。ほかの教師きょうしに聞きいてみると辞令じれいを受うけて一週間いっしゅうかんから一いっヶか月げつぐらいの間あいだは自分じぶんの評判ひょうばんがいいだろうか、悪わるいだろうか非常ひじょうに気きに掛かかるそうであるが、おれは一向いっこうそんな感かんじはなかった。教場きょうじょうで折々おりおりしくじるとその時ときだけはやな心持こころもちだが30さんじゅっ分ぷんばかり立たつと奇麗きれいに消きえてしまう。おれは何事なにごとによらず長ながく心配しんぱいしようと思おもっても心配しんぱいが出来できない男おとこだ。教場きょうじょうのしくじりが生徒せいとにどんな影響えいきょうを与あたえて、その影響えいきょうが校長こうちょうや教頭きょうとうにどんな反応はんのうを呈ていするかまるで無む頓着とんじゃくであった。おれは前まえに云いう通とおりあまり度胸どきょうの据すわった男おとこではないのだが、思おもい切きりはすこぶるいい人間にんげんである。この学校がっこうがいけなければすぐどっかへ行いく覚悟かくごでいたから、狸たぬきも赤あかシャツも、ちっとも恐おそろしくはなかった。まして教場きょうじょうの小僧こぞう共ともなんかには愛嬌あいきょうもお世辞せじも使つかう気きになれなかった。学校がっこうはそれでいいのだが下宿げしゅくの方ほうはそうはいかなかった。亭主ていしゅが茶ちゃを飲のみに来くるだけなら我慢がまんもするが、いろいろな者ものを持もってくる。始はじめに持もって来きたのは何なんでも印材いんざいで、十とおばかり並ならべておいて、みんなで三さん円えんなら安やすい物ものだお買かいなさいと云いう。田舎巡いなかまわりのヘボ絵師えしじゃあるまいし、そんなものは入はいらないと云いったら、今度こんどは華山かざんとか何なんとか云いう男おとこの花鳥かちょうの掛かけ物ものをもって来きた。自分じぶんで床とこの間まへかけて、いい出来できじゃありませんかと云いうから、そうかなと好加減いいかげんに挨拶あいさつをすると、華山かざんには二人ふたりある、一人ひとりは何なんとか華山かざんで、一人ひとりは何なんとか華山かざんですが、この幅ふくはその何なんとか華山かざんの方ほうだと、くだらない講釈こうしゃくをしたあとで、どうです、あなたなら1じゅう5ご円えんにしておきます。お買かいなさいと催促さいそくをする。金かねがないと断ことわると、金かねなんか、いつでもようございますとなかなか頑固がんこだ。金かねがあつても買かわないんだと、その時ときは追おっ払ぱらっちまった。その次つぎには鬼瓦おにがわらぐらいな大おお硯すずりを担かつぎ込こんだ。これは端渓たんけいです、端渓たんけいですと二に遍へんも三遍さんべんも端渓たんけいがるから、面白おもしろ半分はんぶんに端渓たんけいた何なんだいと聞きいたら、すぐ講釈こうしゃくを始はじめ出だした。端渓たんけいには上層じょうそう中層ちゅうそう下層かそうとあって、今時いまどきのものはみんな上層じょうそうですが、これはたしかに中層ちゅうそうです、この眼がんをご覧らんなさい。眼がんが三みっつあるのは珍めずらしい。溌墨はつぼくの具合ぐあいも至極しごくよろしい、試ためしてご覧らんなさいと、おれの前まえへ大おおきな硯すずりを突つきつける。いくらだと聞きくと、持主もちぬしが支那しなから持もって帰かえって来きて是非ぜひ売うりたいと云いいますから、お安やすくして30さんじゅう円えんにしておきましょうと云いう。この男おとこは馬鹿ばかに相違そういない。学校がっこうの方ほうはどうかこうか無事ぶじに勤つとまりそうだが、こう骨董責こっとうぜめに逢あってはとても長ながく続つづきそうにない。

そのうち学校がっこうもいやになった。ある日ひの晩ばん大町おおまちと云いう所ところを散歩さんぽしていたら郵便ゆうびん局きょくの隣となりに蕎麦そばとかいて、下したに東京とうきょうと注ちゅうを加くわえた看板かんばんがあった。おれは蕎麦そばが大好だいすきである。東京とうきょうに居おった時ときでも蕎麦屋そばやの前まえを通とおって薬味やくみの香においをかぐと、どうしても暖簾のれんがくぐりたくなった。今日きょうまでは数学すうがくと骨董こっとうで蕎麦そばを忘わすれていたが、こうして看板かんばんを見みると素通すどおりが出来できなくなる。ついでだから一杯いっぱい食くって行いこうと思おもって上あがり込こんだ。見みると看板かんばんほどでもない。東京とうきょうと断ことわる以上いじょうはもう少すこし奇麗きれいにしそうなものだが、東京とうきょうを知しらないのか、金かねがないのか、滅法めっぽうきたない。畳たたみは色いろが変かわってお負まけに砂すなでざらざらしている。壁かべは煤すすで真黒まっくろだ。天井てんじょうはランプの油烟ゆえんで燻くすぼってるのみか、低ひくくって、思おもわず首くびを縮ちぢめるくらいだ。ただ麗々れいれいと蕎麦そばの名前なまえをかいて張はり付つけたねだん付づけだけは全まったく新あたらしい。何なんでも古ふるいうちを買かって二三にさんち日にち前まえから開業かいぎょうしたに違ちがいなかろう。ねだん付づけの第だい一いち号ごうに天麩羅てんぷらとある。おい天麩羅てんぷらを持もってこいと大おおきな声こえを出だした。するとこの時ときまで隅すみの方ほうに三人さんにんかたまって、何なにかつるつる、ちゅうちゅう食くってた連中れんじゅうが、ひとしくおれの方ほうを見みた。部屋へやが暗くらいので、ちょっと気きがつかなかったが顔かおを合あわせると、みんな学校がっこうの生徒せいとである。先方せんぽうで挨拶あいさつをしたから、おれも挨拶あいさつをした。その晩ばんは久ひさし振ぶりに蕎麦そばを食くったので、旨うまかったから天麩羅てんぷらを四杯よんはい平たいらげた。

翌日よくじつ何なんの気きもなく教場きょうじょうへはいると、黒板こくばん一杯いっぱいぐらいな大おおきな字じで、天麩羅てんぷら先生せんせいとかいてある。おれの顔かおを見みてみんなわあと笑わらった。おれは馬鹿馬鹿ばかばかしいから、天麩羅てんぷらを食くっちゃ可笑おかしいかと聞きいた。すると生徒せいとの一人ひとりが、しかし四杯よんはいは過すぎるぞな、もし、と云いった。四杯よんはい食くおうが五ご杯ばい食くおうがおれの銭ぜにでおれが食くうのに文句もんくがあるもんかと、さっさと講義こうぎを済すまして控ひかえ所じょへ帰かえって来きた。十分じゅうぶん立たって次つぎの教場きょうじょうへ出でると一ひとつ天麩羅てんぷら四杯よんはいなり。但ただし笑わらうべからず。と黒板こくばんにかいてある。さっきは別べつに腹はらも立たたなかったが今度こんどは癪しゃくに障さわった。冗談じょうだんも度どを過すごせばいたずらだ。焼餅やきもちの黒焦くろこげのようなもので誰だれも賞ほめ手てはない。田舎者いなかものはこの呼吸こきゅうが分わからないからどこまで押おして行いっても構かまわないと云いう了見りょうけんだろう。一いち時間じかんあるくと見物けんぶつする町まちもないような狭せまい都みやこに住すんで、外そとに何なんにも芸げいがないから、天麩羅てんぷら事件じけんを日露にちろ戦争せんそうのように触ふれちらかすんだろう。憐あわれな奴等やつらだ。小供こどもの時ときから、こんなに教育きょういくされるから、いやにひねっこびた、植木鉢うえきばちの楓かえでみたような小人しょうじんが出来できるんだ。無邪気むじゃきならいっしょに笑わらってもいいが、こりゃなんだ。小供こどもの癖くせに乙おつに毒気どくけを持もってる。おれはだまって、天麩羅てんぷらを消けして、こんないたずらが面白おもしろいか、卑怯ひきょうな冗談じょうだんだ。君きみ等らは卑怯ひきょうと云いう意味いみを知しってるか、と云いったら、自分じぶんがした事ことを笑わらわれて怒おこるのが卑怯ひきょうじゃろうがな、もしと答こたえた奴やつがある。やな奴やつだ。わざわざ東京とうきょうから、こんな奴やつを教おしえに来きたのかと思おもったら情なさけなくなった。余計よけいな減へらず口ぐちを利きかないで勉強べんきょうしろと云いって、授業じゅぎょうを始はじめてしまった。それから次つぎの教場きょうじょうへ出でたら天麩羅てんぷらを食くうと減へらず口ぐちが利ききたくなるものなりと書かいてある。どうも始末しまつに終おえない。あんまり腹はらが立たったから、そんな生なま意気いきな奴やつは教おしえないと云いってすたすた帰かえって来きてやった。生徒せいとは休やすみになって喜よろこんだそうだ。こうなると学校がっこうより骨董こっとうの方ほうがまだましだ。

天麩羅てんぷら蕎麦そばもうちへ帰かえって、一晩ひとばん寝ねたらそんなに肝か癪んしゃくに障さわらなくなった。学校がっこうへ出でてみると、生徒せいとも出でている。何なんだか訳わけが分わからない。それから三日みっかばかりは無事ぶじであったが、四日よっか目めの晩ばんに住田すみたと云いう所ところへ行いって団子だんごを食くった。この住田すみたと云いう所ところは温泉おんせんのある町まちで城下じょうかから汽車きしゃだと十分じゅっぷんばかり、歩あるいて30さんじゅっ分ぷんで行いかれる、料理りょうり屋やも温泉おんせん宿やども、公園こうえんもある上うえに遊廓ゆうかくがある。おれのはいった団子だんご屋やは遊廓ゆうかくの入口いりぐちにあって、大変たいへんうまいという評判ひょうばんだから、温泉おんせんに行いった帰かえりがけにちょっと食くってみた。今度こんどは生徒せいとにも逢あわなかったから、誰だれも知しるまいと思おもって、翌日よくじつ学校がっこうへ行いって、一いち時間じかん目めの教場きょうじょうへはいると団子だんご二皿ふたさら七なな銭せんと書かいてある。実際じっさいおれは二皿ふたさら食くって七なな銭せん払はらった。どうも厄介やっかいな奴等やつらだ。二に時間じかん目めにもきっと何なにかあると思おもうと遊廓ゆうかくの団子だんご旨うまい旨うまいと書かいてある。あきれ返かえった奴等やつらだ。団子だんごがそれで済すんだと思おもったら今度こんどは赤あか手拭てぬぐいと云いうのが評判ひょうばんになった。何なんの事ことだと思おもったら、つまらない来歴らいれきだ。おれはここへ来きてから、毎日まいにち住田すみたの温泉おんせんへ行いく事ことに極きわめている。ほかの所ところは何なにを見みても東京とうきょうの足元あしもとにも及およばないが温泉おんせんだけは立派りっぱなものだ。せっかく来きた者ものだから毎日まいにちはいってやろうという気きで、晩飯ばんめし前まえに運動うんどうかたがた出でかける掛かかる。ところが行いくときは必かならず西洋せいよう手拭てぬぐいの大おおきな奴やつをぶら下さげて行いく。この手拭てぬぐいが湯ゆに染そまった上うえへ、赤あかい縞しまが流ながれ出だしたのでちょっと見みると紅色べにいろに見みえる。おれはこの手拭てぬぐいを行いきも帰かえりも、汽車きしゃに乗のってもあるいても、常つねにぶら下さげている。それで生徒せいとがおれの事ことを赤あか手拭てぬぐい赤あか手拭てぬぐいと云いうんだそうだ。どうも狭せまい土地とちに住すんでるとうるさいものだ。まだある。温泉おんせんは三階さんがいの新築しんちくで上等じょうとうは浴衣ゆかたをかして、流ながしをつけて八銭はっせんで済すむ。その上うえに女おんなが天目てんもくへ茶ちゃを載のせて出だす。おれはいつでも上等じょうとうへはいった。すると40よんじゅう円えんの月給げっきゅうで毎日まいにち上等じょうとうへはいるのは贅沢ぜいたくだと云いい出だした。余計よけいなお世話せわだ。まだある。湯壺ゆつぼは花崗みかげ石いしを畳たたみ上あげて、1じゅう5ご畳敷じょうじきぐらいの広ひろさに仕切しきってある。大抵たいていは十じゅう三さん四人よにん漬つかってるがたまには誰だれも居いない事ことがある。深ふかさは立たって乳ちちの辺へんまであるから、運動うんどうのために、湯ゆの中なかを泳およぐのはなかなか愉快ゆかいだ。おれは人ひとの居いないのを見み済すましては1じゅう5ご畳じょうの湯壺ゆつぼを泳およぎ巡まわって喜よろこんでいた。ところがある日ひ三階さんがいから威勢いせいよく下おりて今日きょうも泳およげるかなとざくろ口ぐちを覗のぞいてみると、大おおきな札ふだへ黒々くろぐろと湯ゆの中なかで泳およぐべからずとかいて貼はりつけてある。湯ゆの中なかで泳およぐものは、あまりあるまいから、この貼札はりふだはおれのために特別とくべつに新調しんちょうしたのかも知しれない。おれはそれから泳およぐのは断念だんねんした。泳およぐのは断念だんねんしたが、学校がっこうへ出でてみると、例れいの通とおり黒板こくばんに湯ゆの中なかで泳およぐべからずと書かいてあるには驚おどろいた。何なんだか生徒せいと全体ぜんたいがおれ一人ひとりを探偵たんていしているように思おもわれた。くさくさした。生徒せいとが何なにを云いったって、やろうと思おもった事ことをやめるようなおれではないが、何なんでこんな狭苦せまくるしい鼻はなの先さきがつかえるような所ところへ来きたのかと思おもうと情なさけなくなった。それでうちへ帰かえると相変あいかわらず骨董責こっとうぜめである。