杜子春

Source text: 青空文庫 Pitch accent analysis: akusento parser
Legend
Atamadaka
Heiban
Nakadaka
Odaka
Kifuku
Accent drop
Devoiced
Rules applied
* Patterns are assigned based on the lexical pitch accent.
Rendered chapter

杜と子春ししゅんは一いち日にちの内うちに、洛陽らくようの都みやこでも唯ただ一人ひとりという大金持おおがねもちになりました。あの老人ろうじんの言葉ことば通どおり、夕日ゆうひに影かげを映うつして見みて、その頭あたまに当あたる所ところを、夜中よなかにそっと掘ほって見みたら、大おおきな車くるまにも余あまる位くらい、黄金おうごんが一山ひとやま出でて来きたのです。

大金持おおがねもちになった杜と子春ししゅんは、すぐに立派りっぱな家うちを買かって、玄宗げんそう皇帝こうていにも負まけない位くらい、贅沢ぜいたくな暮くらしをし始はじめました。蘭らん陵りょうの酒さけを買かわせるやら、桂州けいしゅうの竜眼りゅうがん肉にくをとりよせるやら、日ひに四よたび度ど色いろの変かわる牡丹ぼたんを庭にわに植うえさせるやら、白しろ孔雀くじゃくを何羽なんわも放はなし飼がいにするやら、玉たまを集あつめるやら、錦にしきを縫ぬわせるやら、香木こうぼくの車くるまを造つくらせるやら、象牙ぞうげの椅子いすを誂あつらえるやら、その贅沢ぜいたくを一々いちいち書かいていては、いつになってもこの話はなしがおしまいにならない位くらいです。

するとこういう噂うわさを聞きいて、今いままでは路みちで行いき合あっても、挨拶あいさつさえしなかった友ともだちなどが、朝夕あさゆう遊あそびにやって来きました。それも一いち日にち毎ごとに数かずが増まして、半年はんとしばかり経たつ内うちには、洛陽らくようの都みやこに名なを知しられた才子さいしや美人びじんが多おおい中なかで、杜と子春ししゅんの家いえへ来こないものは、一人ひとりもない位くらいになってしまったのです。杜と子春ししゅんはこの御客おきゃくたちを相手あいてに、毎日ごと酒盛さかもりを開ひらきました。その酒盛さかもりの又また盛さかんなことは、中々なかなか口くちには尽つくされません。極ごくかいつまんだだけをお話はなしても、杜と子春ししゅんが金かねの杯さかずきに西洋せいようから来きた葡萄酒ぶどうしゅを汲くんで、天竺てんじく生うまれの魔法まほう使つかいが刀かたなを呑のんで見みせる芸げいに見みとれていると、そのまわりには20にじゅう人にんの女おんなたちが、十人じゅうにんは翡翠ひすいの蓮はすの花はなを、十人じゅうにんは瑪瑙めのうの牡丹ぼたんの花はなを、いずれも髪かみに飾かざりながら、笛ふえや琴ことを節ふし面白おもしろく奏そうしているという景色けしきなのです。

しかしいくら大金持おおがねもちでも、御お金かねには際限さいげんがありますから、さすがに贅沢ぜいたく家かの杜と子春ししゅんも、一年いちねん二に年ねんと経たつ内うちには、だんだん貧乏びんぼうになり出だしました。そうすると人間にんげんは薄情はくじょうなもので、昨日きのうまでは毎日まいにち来きた友ともだちも、今日きょうは門もんの前まえを通とおってさえ、挨拶あいさつ一ひとつして行いきません。ましてとうとう三年さんねん目めの春はる、又また杜と子春ししゅんが以前いぜんの通とおり、一いち文無もんなしになって見みると、広ひろい洛陽らくようの都みやこの中なかにも、彼かれに宿やどを貸かそうという家いえは、一軒いっけんもなくなってしまいました。いや、宿やどを貸かすどころか、今いまでは椀わんに一杯いっぱいの水みずも、恵めぐんでくれるものはないのです。

そこで彼かれは或ある日ひの夕方ゆうがた、もう一いち度どあの洛陽らくようの西にしの門もんの下したへ行いって、ぼんやり空そらを眺ながめながら、途方とほうに暮くれて立たっていました。するとやはり昔むかしのように、片目かため眇すがめの老人ろうじんが、どこからか姿すがたを現あらわして、

「お前まえは何なにを考かんがえているのだ」と、声こえをかけるではありませんか。

杜と子春ししゅんは老人ろうじんの顔かおを見みると、恥はずかしそうに下したを向むいたまま、暫しばらくは返事へんじもしませんでした。が、老人ろうじんはその日ひも親切しんせつそうに、同おなじ言葉ことばを繰返くりかえしますから、こちらも前まえと同おなじように、

「私わたしは今夜こんや寝ねる所ところもないので、どうしたものかと考かんがえているのです」と、恐おそる恐おそる返事へんじをしました。

「そうか。それは可哀かわいそうだな。ではおれが好いいことを一ひとつ教おしえてやろう。今いまこの夕日ゆうひの中なかへ立たって、お前まえの影かげが地ちに映うつったら、その胸むねに当あたる所ところを、夜中よなかに掘ほって見みるが好いい。きっと車くるまに一いっぱいの黄金おうごんが埋うまっている筈はずだから」

老人ろうじんはこう言いったと思おもうと、今度こんどもまた人ひとごみの中なかへ、掻かき消けすように隠かくれてしまいました。

杜と子春ししゅんはその翌日よくじつから、忽たちまち天下てんか第だい一いちの大金持おおがねもちに返かえりました。と同時どうじに相変あいかわらず、仕し放題ほうだいな贅沢ぜいたくをし始はじめました。庭にわに咲さいている牡丹ぼたんの花はな、その中なかに眠ねむっている白しろ孔雀くじゃく、それから刀かたなを呑のんで見みせる、天竺てんじくから来きた魔法まほう使つかい――すべてが昔むかしの通とおりなのです。

ですから車くるまに一いっぱいにあった、あの夥おびただしい黄金おうごんも、又また三年さんねんばかり経たつ内うちには、すっかりなくなってしまいました。