杜子春

Source text: 青空文庫 Pitch accent analysis: akusento parser
Legend
Atamadaka
Heiban
Nakadaka
Odaka
Kifuku
Accent drop
Devoiced
Rules applied
* Patterns are assigned based on the lexical pitch accent.
Rendered chapter

「お前まえは何なにを考かんがえているのだ」

片目かため眇すがめの老人ろうじんは、三さん度ど杜と子春ししゅんの前まえへ来きて、同おなじことを問といかけました。勿論もちろん彼かれはその時ときも、洛陽らくようの西にしの門もんの下したに、ほそぼそと霞かすみを破やぶっている三日月みかづきの光ひかりを眺ながめながら、ぼんやり佇たたずんでいたのです。

「私わたしですか。私わたしは今夜こんや寝ねる所ところもないので、どうしようかと思おもっているのです」

「そうか。それは可哀かわいそうだな。ではおれが好いいことを教おしえてやろう。今いまこの夕日ゆうひの中なかへ立たって、お前まえの影かげが地ちに映うつったら、その腹はらに当あたる所ところを、夜中よなかに掘ほって見みるが好いい。きっと車くるまに一いっぱいの――」

老人ろうじんがここまで言いいかけると、杜と子春ししゅんは急きゅうに手てを挙あげて、その言葉ことばを遮さえぎりました。

「いや、お金かねはもういらないのです」

「金かねはもういらない?ははあ、では贅沢ぜいたくをするにはとうとう飽あきてしまったと見みえるな」

老人ろうじんは審いぶかしそうな眼めつきをしながら、じっと杜と子春ししゅんの顔かおを見みつめました。

「何なに、贅沢ぜいたくに飽あきたのじゃありません。人間にんげんというものに愛想あいそがつきたのです」

杜と子春ししゅんは不平ふへいそうな顔かおをしながら、突慳貪つっけんどんにこう言いいました。

「それは面白おもしろいな。どうして又また人間にんげんに愛想あいそが尽つきたのだ?」

「人間にんげんは皆みな薄情はくじょうです。私わたしが大金持おおがねもちになった時ときには、世辞せじも追従ついしょうもしますけれど、一旦いったん貧乏びんぼうになって御覧ごらんなさい。柔やさしい顔かおさえもして見みせはしません。そんなことを考かんがえると、たといもう一いち度ど大金持おおがねもちになったところが、何なんにもならないような気きがするのです」

老人ろうじんは杜と子春ししゅんの言葉ことばを聞きくと、急きゅうににやにや笑わらい出だしました。

「そうか。いや、お前まえは若わかい者ものに似合にあわず、感心かんしんに物もののわかる男おとこだ。ではこれからは貧乏びんぼうをしても、安やすらかに暮くらして行いくつもりか」

杜と子春ししゅんはちょいとためらいました。が、すぐに思おもい切きった眼めを挙あげると、訴うったえるように老人ろうじんの顔かおを見みながら、

「それも今いまの私わたしには出来できません。ですから私わたしはあなたの弟子でしになって、仙術せんじゅつの修業しゅぎょうをしたいと思おもうのです。いいえ、隠かくしてはいけません。あなたは道徳どうとくの高たかい仙人せんにんでしょう。仙人せんにんでなければ、一夜ひとよの内うちに私わたしを天下てんか第だい一いちの大金持おおがねもちにすることは出来できない筈はずです。どうか私わたしの先生せんせいになって、不思議ふしぎな仙術せんじゅつを教おしえて下ください」

老人ろうじんは眉まゆをひそめたまま、暫しばらくは黙だまって、何事なにごとか考かんがえているようでしたが、やがて又またにっこり笑わらいながら、

「いかにもおれは峨眉山がびさんに棲すんでいる、鉄冠子てっかんしという仙人せんにんだ。始はじめお前まえの顔かおを見みた時とき、どこか物ものわかりが好よさそうだったから、二に度どまで大金持おおがねもちにしてやったのだが、それ程ほど仙人せんにんになりたければ、おれの弟子でしにとり立たててやろう」と、快こころよく願ねがいを容いれてくれました。

杜と子春ししゅんは喜よろこんだの、喜よろこばないのではありません。老人ろうじんの言葉ことばがまだ終おわらない内うちに、彼かれは大地だいちに額ひたいをつけて、何度なんども鉄冠子てっかんしに御お時宜じぎをしました。

「いや、そう御礼おれいなどは言いって貰もらうまい。いくらおれの弟子でしにしたところが、立派りっぱな仙人せんにんになれるかなれないかは、お前まえ次第しだいで決きまることだからな。――が、ともかくもまずおれと一いっしょに、峨眉山がびさんの奥おくへ来きて見みるが好いい。おお、幸さいわい、ここに竹杖たけづえが一本いっぽん落おちている。では早速さっそくこれへ乗のって、一飛ひととびに空そらを渡わたるとしよう」

鉄冠子てっかんしはそこにあった青竹あおだけを一本いっぽん拾ひろい上あげると、口くちの中なかに咒文じゅもんを唱となえながら、杜と子春ししゅんと一いっしょにその竹たけへ、馬うまにでも乗のるように跨またがりました。すると不思議ふしぎではありませんか。竹杖たけづえは忽たちまち竜りゅうのように、勢いきおいよく大空おおぞらへ舞まい上あがって、晴はれ渡わたった春はるの夕空ゆうぞらを峨眉山がびさんの方角ほうがくへ飛とんで行いきました。

杜と子春ししゅんは胆きもをつぶしながら、恐おそる恐おそる下したを見下みくだしました。が、下したには唯ただ青あおい山々やまやまが夕明ゆうあかりの底そこに見みえるばかりで、あの洛陽らくようの都みやこの西にしの門もんは、(とうに霞かすみに紛まぎれたのでしょう)どこを探さがしても見み当あたりません。その内うちに鉄冠子てっかんしは、白しろい鬢びんの毛けを風かぜに吹ふかせて、高たからかに歌うたを唱うたい出だしました。

朝あしたに北海ほっかいに遊あそび、暮くれには蒼梧そうご。

袖裏しゅうりの青蛇せいだ、胆気たんき粗そなり。

三みたび岳陽がくように入いれども、人ひと識しらず。

朗吟ろうぎんして、飛ひ過かす洞庭湖どうていこ。